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表面EXAFS分光法による表面原子振動の評価

2. S/Ni(110)系での表面S-Ni結合の振動異方性


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2.1. 緒言
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表面は上方に結合する原子が存在しないという点で静的構造のみならず振動に関しても特異な挙動を呈示する。例えば融解は表面から始まると認識されているが、表面の融点がバルクより早いという予測は、表面上方に原子がなく表面は上方に振動が促進されやすいという考えの上に成り立っている。確かに低速電子線回折測定ではしばしば表面原子は表面垂直方向の振動が促進されていることがわかっており、これが引き金になって表面融解、ひいてはバルク融解に導かれると考えられている。しかしながら、この描像はあくまで原子の絶対的な変位の大きさに関して垂直方向の方が水平方向を比べて動きやすいというものであって、表面局所的に原子対を考えた場合、表面垂直方向の振動の振幅が増大しているかどうかは何ともいえない。ましてや表面垂直方向の化学結合が弱められていることには必ずしもならない。

 表面結合の振動振幅の異方性を調べるにはやはりEXAFSの温度変化測定が有力である。過去にも数例研究が行われている。Co/Cu(111)系では表面垂直方向のCo-Cu結合の相対変位が表面水平方向のCo-Co結合のものに比べて大きくなっており、相対変位からも垂直方向の振動が促進されているとしている。ただし、Co-Cu, Co-Coという異なる化学種を比較している点では不満が残る。

 ここでは、少し見方を変えて吸着原子系を取り上げ系としてc(2x2)S/Ni(110)を選んだ。この系はSがNi(110)表面のfourfold hollow位置に吸着するが、Sは表面第一層の4つのNiの他、表面第二層の1つのNi (Sの真下に位置する)と化学結合する5配位構造をとる。EXAFSではSから第一層Ni (Ni1と記す)と第二層Ni (Ni2)の相対変位が観測でき、表面垂直方向の結合(S-Ni2)と平行(に近い)方向の結合(S-Ni1)で振動の振幅や非調和性の大きさを比べることができる。この際、偏光依存測定による結合の分離が有効である。やはり詳細は原著論文[1]を参照されたい。



2.2. 実験 
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S-K吸収端EXAFS測定はPF BL-11B[2]にて行った。Ar+スパッタリングとアニーリングの繰り返しにより清浄化したNi(110)単結晶表面にH2Sを飽和吸着させ600 Kに瞬間的に加熱することでc(2x2)相を得た。Ni(110)面は2回対称であるが、入射X線の電場ベクトルの方位角は常に[001]軸方向とし、極角 (斜入射)、 (直入射)の二通り測定した。検出は先と同様に超高真空対応の比例計数管[3]を用い、測定温度は100, 300, 500 Kであった。


2.3. 結果および考察 
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図7にS-K吸収端EXAFS関数とそのフーリエ変換を示した。フーリエ変換で2.0 Å付近に現れているピークにS-Ni1 (第一層Ni), S-Ni2 (第二層Ni)の両方の寄与が含まれている。直入射(NI)ではS-Ni1の寄与が100%であるが、斜入射(GI)ではS-Ni1が36.3%, S-Ni2が63.7%である。100 Kと300 Kのフーリエ変換から直入射の温度変化の方が顕著であることがわかり、このことはS-Ni1結合の方がS-Ni2結合より柔らかいことを示唆している。


図7 c(2x2)S/Ni(110)系のS-K吸収端EXAFS関数 (a,b)およびそのフーリエ変換(c,d)。X線の入射角(斜入射, GI)および(直入射, NI)。フーリエ変換で2.0 Å付近のピークが第一配位圏のS-Ni1(表面第一層Ni), S-Ni2(表面第二層Ni)に対応している。


図8
 c(2x2)S/Ni(110)系のS-Ni1, S-Ni2配位の抽出EXAFS関数。X線の入射角 (斜入射, GI) および (直入射, NI)。実線は100 K、点線は300 K、破線が500 K。直入射はS-Ni1成分が100%、斜入射はS-Ni1成分36.3%, S-Ni2成分63.7%である。直入射の方が、高波数側での振幅の減衰や位相の遅れが顕著である。
図8に第一配位圏(S-Ni1,S-Ni2)の逆フーリエ変換を示した。直入射の方が高波数側での減衰が早く、またわずかではあるが、位相のずれも直入射の方が大きくなっている。先と同様な解析により、直入射、斜入射の, などからS-Ni1, S-Ni2結合のR, , 、さらに力の定数, が求められる。この結果を表2にまとめた。表にはS/Ni(100)系の結果も併記した。Ni(100)上ではSはfourfold hollow位置に吸着しS-Ni2は化学結合のない原子対と見なせる。


S/Ni(110)

S/Ni(100)

結合原子対

S-Ni1

S-Ni2

S-Ni1

S-Ni2

R (Å)

2.27

2.19

2.19

3.12

(10-3 Å2)

3.3

2.2

3.0

9.0

(10-4 Å3)

2.2

0.3

1.2

8.0

(mdyn/ Å)

0.64

0.88

0.63

0.24

(mdyn/ Å2)

0.65

0.25

0.38

0.14

表2 c(2x2)S/Ni(110)およびc(2x2)S/Ni(100)系の表面S-Ni1 (表面第一層Ni), S-Ni2 (表面第二層Ni)の距離R、100, 300 KでのMSRDおよびMCRDの差 , 、二次三次の力の定数, 。Ni(110)ではS-Ni1よりもS-Ni2結合の方が強くなっている。


 まず、Ni(100)上ではS-Ni1結合の方がS-Ni2結合よりが大きい。これはS-Ni2に化学結合がない(R=3.12 Å)ためごく自然な結果である。もS-Ni1の方が大きいが、非調和性はで比較すべきであり、非調和性もS-Ni1の方が小さいといえる。
 ところが今回取り上げたS/Ni(110)では垂直方向の結合であるS-Ni2結合の方が、水平方向に近い結合のS-Ni1より2次の力の定数が大きく、非調和性も小さくなっている。これは従来議論されてきた、表面において垂直方向の振動は水平方向に比べて促進されやすいという先入観がこの場合正しくないことを示している。絶対変位を比較すればおそらく垂直方向の原子変位は大きいと思われるが、局所構造に注目し結合自体を見ると必ずしも垂直方向に振動が促進されるということはない。S/Ni(110)ではS-Ni2の方がS-Ni1よりもやや短い距離を示しこれが結合の強さにも反映されているといえる。
 相対変位と絶対変位の違いに留意する必要性が示されたと同時にEXAFSで化学結合の強弱を定量的に示すことができた研究例である。


<参考文献>
  1. T. Yokoyama, H. Hamamatsu, Y. Kitajima, Y. Takata, S. Yagi and T. Ohta, Surf. Sci. 313 (1994) 197.
  2. T. Ohta, P. M. Stefan, M. Nomura and H. Sekiyama, Nucl. Instrum. Methods A246 (1986) 373;
    M. Funabashi, M. Nomura, Y. Kitajima, T. Yokoyama, T. Ohta and H. Kuroda, Rev. Sci. Instrum.60 (1989) 1983;
    Y. Kitajima, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom.80 (1996) 405.
  3. M. Funabashi, T. Ohta, T. Yokoyama, Y. Kitajima and H. Kuroda, Rev. Sci. Instrum. 60 (1989) 2505.