>研究内容>CoWシアノ錯体



光誘起磁性体CoWシアン化物のXAFS

横山利彦1,岡本薫1,太田俊明1,大越慎一2,橋本和仁2

1東大理,2東大先端研

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はじめに
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プルシアン類似化合物はさまざまな興味深い磁気特性を示すが,特に光励起により自発磁化が発現する現象は注目に値する。
ところが微粉末ないしは薄膜しか得られないため,物性理解のためにはXAFSによる構造解析が必須である。

本研究ではやはり光誘起磁石となる新しいタイプの8配位プルシアンブルー類縁体Cs0.8Co1.1[W(CN)8] (3-cyanopyridine)1.9・2.1H2O (以下CoWと略記)のXAFS測定を試みた。この物質は常温で常磁性であるが,低温でスピン転移(Tc(up)=205 K, Tc(down)=150 K)を起こし非磁性(実際には組成比が少し異なるので弱い常磁性)となる。ところが十分低温では可視光照射によってNa0.4Co1.3Fe(CN)6系と同様に高温相を準安定状態として得ることができ,この準安定相は30 K以下でフェリ磁性を呈する。

実験
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Co-K, W-L吸収端XAFSについて,KEK-PFのBL10Bでは高温相・低温相の静的な測定[sample (a)~(e)]を行い,BL12Cでは30 KにおいてX線照射(~7800 eV)によるスピン転移を観測した[sample (f)]。測定したサンプル名を以下の通りに略記する。
  • Sample(a) 300 K
  • Sample(b) 30 Kに急冷(約0.2 K/s)
  • Sample(c) 30 Kに徐冷(約0.05 K/s)
  • Sample(d) 30 Kに徐冷,(c)よりさらにゆっくり(約0.01 K/s)
  • Sample(e) 140 Kで2時間保持
  • Sample(f) (e)と同様のサンプルを30 Kに冷却後,2時間X線照射
また,測定・解析条件は,
  • (E1) KEK-PF BL12C(光子密度~108 photons/s/mm2), BL10B(光子密度~1011 photons/s/mm2)
  • (E2) Si(111)集光二結晶(BL12C)とSi(311)非集光チャンネルカット(BL10B)
  • (E3) 粉末,BN希釈(~10mg/0.2g),disk成型
  • (E4) 透過法,イオンチェンバー
  • (E5) BL12Cでは60%程度にdetune
等である。

XAMES
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図1(左)にX線照射中のCo-K吸収端XANESの時間変化を示した。過去のCoFeプルシアンブルーの研究[1,2]から7720 eVのピークがCo(II), 7723 eVのピークがCo(III)に対応している。即ち,元々低温でCo(III)状態であった試料が,可視光照射と同様に,Co(II)状態に光誘起転移していることがわかった。


図1(右)は因子解析[3]で求めたCo(III)濃度の対数比の時間変化である。ほぼ1次反応的に減少しており,突然変化するような転移的な挙動は見出せなかった。
図1 (左) X線照射中のCo-K吸収端XANESの時間変化。(右) スペクトルを因子解析して得たCo(III)濃度比の時間変化。直線は一次反応を仮定した場合のフィッティング結果。

図2(左)にCo-K吸収端XANESを示した。
因子解析[3]の結果得られたCo(II)濃度比も図中に表した。(a)の300 Kではほぼ純粋にCo(II)高温高スピン(HS)相,(b)でも30 Kの低温にもかかわらず,急冷すると転移せずに高温相がトラップされることがわかる。(c),(d)でだんだん低温相が増え,(e)の130 KではCo(III)低温低スピン(LS)相が支配的である。(f)は,BL12Cで,(e)と同様に試料に30 Kにおいて2時間X線を照射した後のスペクトル(図1と同じもの)であり,Co(II)主体の高温相に変化していることがわかる。

即ち,可視光照射と同様にX線でも高温相へのスピン転移が実現できた。一方,BL10Bで測定した(e)に関して経時変化が観測されていないのは,測定温度が140 Kと高いためであるが,BL10Bでは光子密度の関係で30 Kでもスピン転移は観測されなかった。Co-K吸収端XANESから,この系でのスピン転移では,Coから電子が流出し,Co(II)HSからCo(III)LSの電子状態変化が起きていることが確認できた。


図2(右)にW-LIII吸収端XANESを示した。
Coの電子は転移においてWに移動し,W(V)からW(IV)に変化すると期待できる。3種の標準試料のW(IV),W(V)シアノ錯体のXANESも示したが,white-line強度は4価と5価でほとんど差が見られず,同定困難である。しかしながら,5価では低エネルギー側に肩があるように見え,これは微分を見るとはっきりしてくる。同様にCoWでは(a)で観測された肩が(e)では消失していることがわかる。

よって,W(V)からW(IV)の電荷移動転移があることを証明できた。肩の構造は,電子が1つだけ占有した最安定W5d軌道への遷移に対応し,4価ではこの軌道が完全に占有されるのでこの遷移が生じない。


図2 (左) Co-K吸収端XANESの実験データ(緑実線)と因子分析の結果得られたCo(II)(赤点線)とCo(III)(紺一点鎖線)の成分スペクトル。成分スペクトルのエッジジャンプは成分比を示す。Co(II)の成分比を各スペクトル横に示した。(右) W-LIII-吸収端XANESとその微分。上がCoW系,下の3つは価数既知の標準試料。


EXAFS
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EXAFSの解析は,自作コード(A1) exafshを用いた。cubic-spline法で吸収端後のバックグランドを見積もり,原子吸収係数を用いて規格化した。得られた をフーリエ変換,フーリエフィルタリングし,k空間でフィッテングした。解析の理論標準は(A2) feff6を用い,W-LIII吸収端はW(CN)8Co4(cubic対称),Co-K吸収端はCo(NC)4(3-CNpy)2W4 ((正八面体的,3-CNpyはpyのNが配位,図3参照)クラスターを仮定した。距離の最適化等は行っていないが,feff6の結果と実験はよく一致し,この構造モデルが妥当であるといえた。このようなfeff6を理論標準として,W-C, W-N, W-Co(II), W-Co(III), Co(II)-N, Co(III)-N, Co(II)-W, Co(III)-Wの原子間距離を求めた。結果を表2に示した。

表1 (A3,A4) EXAFS解析条件
Shellフーリエ変換のkの範囲 [Ang.-1]Rの範囲 [Ang.]フィッティングのkの範囲 [Ang.-1]パラメータ数 Np
W-C約3-161.35-2.104-142 (R, C2)
W-N約3-162.45-3.354-142 (R, C2)
W-Co(II),W-Co(III)約3-164.45-5.556-164 (R, C2)
Co(II)-N,Co(III)-N約3-161.05-2.004-144 (R, C2)
Co(II)-W,Co(III)-W約3-164.35-5.606-164 (R, C2)

NS
02, はすべての解析で適当な値に固定した。C3以上の高次キュムラントは無視した。統計的誤差を基準に求めた。ただし,Ndataはデータ数,Nindは独立測定点数(),はデータ点iの誤差である。各パラメータに対して (は最適値)となるところを誤差の上限とした。

図3 CoW構造モデル。

原子間距離に関する結果を表2に示す。
W-C, W-N距離は,状態によらずそれぞれ2.16 Ang., 3.32 Ang.と求められた。一方,Co周囲は大きく変化し,Co-N, W-Co, Co-W距離はCo(II)とCo(III)で~0.17 Ang.もの違いが見出された。スピン転移に際して,Co-N距離が大きく変化したのはCoFeプルシアンブルー系[1,2]と同様の結果である。

このことは,Co(II)HSとCo(III)LSの電子状態の違いから容易に理解できる。即ち,Co(II)HSでは反結合性の3deg軌道に電子が2つも存在するからCo-N距離は長いが,Co(III)LSになるとこの反結合性の3deg軌道の電子がなくなるためにCo-N距離が著しく短縮するというものである。結果を図4にまとめた。

表2 EXAFS解析による原子関距離の結果
Sample (a) Sample (b) Sample (c) Sample (d) Sample (e) Sample (f)
Co(II)比 98.9% 85.0% 69.3% 44.7% 30.1% 82.0%
W-C 2.161(10) 2.152(9) 2.161(8) 2.160 2.161(10) 2.158(7)
W-N 3.318(8) 3.314(8) 3.316(8) 3.317(9) 3.319(8) 3.306(14)
W-Co(II) 5.35(2) 5.37(1) 5.36(2) 5.36(2) 5.36(3) 5.39(2)
W-Co(III)   5.22(6) 5.20(4) 5.18(3) 5.18(2) 5.24(7)
Co(II)-N 2.072(13) 2.072(12) 2.087(12) 2.086(15) 2.117(25)  
Co(III)-N     1.904(24) 1.899(15) 1.911(13)  
Co(II)-W   5.37(2) 5.37(2) 5.37(3) 5.43(6)  
Co(III)-W   5.14(3) 5.14(4) 5.15(2) 5.16(2)  

図4 CoW系のスピン転移の概略。


<参考文献>
[1] T. Yokoyama, T. Ohta, O. Sato and K. Hashimoto, Phys. Rev. B58 (1998) 8257.
[2] T. Yokoyama, M. Kiguchi, T. Ohta, O. Sato, Y. Einaga and K. Hashimoto, Phys. Rev. B60 (1999) 9340.
[3] M. Fernandez-Garcia, C. Marquez Alvarez, G. L. Haller, J. Phys. Chem. 99 (1995) 12565.