>研究内容>CO誘起Co/Pd(111)系スピン再配列転移



CO吸着によって誘起されたCo/Pd(111)系におけるスピン再配列転移
:X線磁気円二色性法による転移の微視的機構の考察

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ごく最近,我々はPd(111)表面にエピタキシャル成長させたCo薄膜は,Coが例えば4.5原子層で面内磁化されますが,これにCOあるいはNOを吸着させることにより,垂直磁気異方性が発現することを発見しました[D. Matsumura, T. Yokoyama, K. Amemiya, S. Kitagawa and T. Ohta, Phys. Rev. B 66 (2002) 024402]。上述の通り,これまでこのようなスピン転移は数例報告されていますが,いずれも現象の発見のみで,転移の微視的起源について検討した研究はありませんでした。この研究では,X線磁気円二色性(XMCD, X-ray Magnetic Circular Dichroism)を用いてその微視的起源を実験的に明らかにすることができました。

 XMCDの原理はここでは述べませんが,シンクロトロン放射光源からの円偏光を磁化された試料に照射してその吸収スペクトルを測定すると,双極子遷移に従って円偏光の向きが右回りと左回りの場合で吸収係数に差が生じるというものです。この手法は,元素ごとのスピン・軌道磁気モーメントが分離して得られるという特徴があり,磁化率測定などで系に含まれるすべての元素のスピン・軌道磁気モーメントの総和が得られることと対照的・相補的です。また,X線の入射方向と平行な磁気モーメント成分が観測されますので,磁化の方向が一目でわかります。

 

図1に4.5 ML Co/Pd(111)のCo-LIII,II吸収端XMCDスペクトルを示しました。測定は残留磁化の条件で200 Kにて行っています。清浄なCo薄膜は斜入射の条件でXMCDシグナルが観測されていますから,この場合Coは表面平行に磁化されていることがわかります。これにCOを飽和吸着させると,磁化方向は完全に90度回転し,垂直に磁化されるようになります(直入射のXMCD強度が斜入射(30度)のちょうど倍になっています)。即ち,4.5 ML Co薄膜はCOによりスピン再配列転移が引き起こされたと結論されます。





図1 4.5 ML Co/Pd(111)上のCO飽和吸着(200 K)によるCo-LIII,II吸収端X線磁気円二色性(XMCD)X線磁気円二色性スペクトル。角度は入射角でX線の電場ベクトルと表面法線のなす角。赤の実線は円偏光のヘリシティ(円偏光の向き)と試料の多数スピンが平行(に近い)場合,青の破線は円偏光のヘリシティと試料の多数スピンが反平行(に近い)場合で,両者の差を取って規格化したものがピンクの点線。清浄Co薄膜では表面平行磁化ですが,CO吸着後は表面垂直に磁化されていることがわかります。
図2にはXMCDスペクトルを解析して得られたスピン磁気モーメントのCo膜厚依存性を示しました。清浄表面では3.5 ML以下で垂直磁化,3.5 ML以上で平行磁化になっていますが,CO吸着表面ではこの転移膜厚が6.5 ML程度までシフトしていることがわかります。








図2 清浄及びCO吸着Co/Pd(111)系(200 K)のスピン磁気モーメント(表面平行及び垂直成分)のCo膜厚依存性。青が表面垂直方向,赤が表面平行方向。転移膜厚は清浄表面で3.5 ML,CO吸着表面で6.5 ML程度であることがわかります。

図3にXMCDスペクトルの解析で得られた軌道磁気モーメントを示しました。

CO吸着前後とも垂直磁化となる3.5 ML以下の膜厚では吸着前後で軌道磁気モーメントはほとんど変化しません。一方,CO吸着前後とも平行磁化となる6.5 ML以上の膜厚では吸着後に軌道磁気モーメントは顕著に減少しています。転移膜厚領域の3.5-5.5 ML(5.5-6.5 MLでは状態が混ざっています)では,吸着前に小さかった平行方向の軌道磁気モーメントが吸着後に方向を面垂直に変えると同時に値も大きくなっていることがわかります。

実験は残留磁化の条件で行っていますので,磁化困難軸方向の軌道磁気モーメントはわかりませんが,容易軸方向の軌道磁気モーメントは必ず困難軸方向の軌道磁気モーメントより大きいことが知られています。

したがって,これらの実験事実は,CO吸着により平行方向の軌道磁気モーメントが顕著に減少し,垂直方向の軌道磁気モーメントはほとんど変化していないことを示しています。

図3 清浄及びCO吸着Co/Pd(111)系の軌道磁気モーメントのCo膜厚依存性。本文参照


CO吸着により平行方向の軌道磁気モーメントが顕著に減少し,垂直方向の軌道磁気モーメントはほとんど変化していないという実験結果は,COの結合様式を考えることで理解できます。

まず,清浄表面の場合,表面には上方に原子がないので金属の3d軌道の電子は面外方向の回転が阻害されにくく,面内方向の回転は隣に原子があるため阻害されやすい状況にあります。
このため,表面原子の軌道磁気モーメントは水平方向に向きやすい性質があります。すなわち,表面原子にとっては表面平行磁化が安定となります。Co薄膜が垂直磁化になるのは表面の影響ではなく,Co/Pd界面のCo原子の軌道磁気モーメントが表面垂直を向きやすいことに因っています。

 COがatop位置(表面Co原子の真上)に吸着すると,金属の3d軌道の電子は真上にCOがあるため面外方向の回転が阻害されます。これに対して面内方向の回転はCOが直線分子なので影響されません。

これにより,CO吸着で平行方向の軌道磁気モーメントが顕著に減少し,垂直方向の軌道磁気モーメントはほとんど変化していないことが説明できました。
図4 清浄及びCO吸着Co/Pd(111)系の軌道磁気モーメントの模式図。丸い矢印はCo3d電子の回転を示し,直線の太い矢印はその回転により生じる軌道磁気モーメントを示します。表面原子について描写したもので,薄膜内部やCo/Pd界面では状況が異なります。説明は本文を参照してください。
本研究では,Co/Pd(111)系がCO吸着によりスピン再配列転移(表面平行磁化から垂直磁化)を引き起こすことを見出しました。
また,その転移の微視的機構が,CO吸着によってCo表面原子の平行方向の軌道磁気モーメントがクエンチされるものであることを突き止めました。ここでは省略しますが,これ以外の系でも同様の研究を行い(CO/Ni/Cu(001),

H/Ni/Cu(001)など),吸着種が異なると当然吸着様式が違いますが,吸着様式の違いが転移の機構を変えていることなどが明らかになりました。気体吸着などの表面の修飾によって薄膜の磁化の方向を自在に変えることができればこの先興味深い応用があるかもしれません。