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研究計画概要2
(分子研レターズ46巻 (2002年7月)原稿から)
教授  横山 利彦

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研究テーマは「ナノスケール磁性薄膜の磁気特性とその表面分子科学的制御」です。
上記テーマは、要は「磁石の向き」がテーマになっています。

磁化の向きたがる方向
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例えば、世には棒磁石というものがあります[図(a)参照]

棒磁石は、棒の一方の先端がN極、他端がS極になっています。S極からN極への方向を磁石(磁気モーメントまたは磁化)の向きといいますが、棒磁石の磁気モーメントの向きは棒の向きと平行になっており、棒の方向に磁化されているなどと表現します。



(a) 普通、棒磁石は棒に平行に磁化される。
もし、棒に垂直に磁化が向くとすると、図(a)下の図からわかるようにNとNが隣り合っていかにも不安定ですが、棒に平行に磁化が向くと[図(a)上]、必ずNとSが隣り合って安定になることから磁石の向きが理解できます。

また、ある程度薄いぺらぺらの板状磁石でも同様のことがいえ、板状磁石では面に平行な磁化が安定で[図(b)]、面に垂直な磁石の向きは不安定です。

ところが、板の厚みをナノスケールまで薄くすると垂直磁化が発現することがあり、図(b)の原則に矛盾してきます。


(b) 普通、薄い板状磁石は板に平行に磁化される。
薄膜磁石の磁化の向きの制御
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そもそも物理学は、常識に反することが注目され、そのために理解が進んで新しい常識になるという学問ですから、この現象は基礎物理学的にたいそう注目されてきました。また垂直磁化ですと磁石としての密度が高められますので記録媒体などの応用面からも期待されています。ナノ薄膜はこの他巨大磁気抵抗でも注目され、スピントロニクスと呼ばれる磁石の制御や新素子への応用分野で活躍しています。
大変難しい話ですが、ここでの「スピン」とは電子が固有の性質としてもつ磁気モーメントのことで、たくさんのスピンがある特定方向を向いたものが磁石だと思ってください。

私がこの分野で興味をもったのは、磁性薄膜の表面に気体を吸着させることで、薄膜の磁化方向が変化するという現象でした。今までに数例の報告がありますが、Cu(001)単結晶表面のNi薄膜は、Niが10〜50層程度の範囲で垂直磁化となります。

ところがCOやH2を吸着させると、垂直磁化領域が7層程度からはじまり、たとえば7-9層程度のNiでは吸着前後で磁化が表面平行から垂直に転移することになります[図(c)]。1) この現象の起源を解明するために、放射光を用いた分析と、同じような現象が起こる他の系を探索する研究を行いました。


(c)
あるナノスケール薄膜の磁化の向き。たとえば4〜6層程度のCo磁石をPd(111)基板上に堆積させたものはCOの吸着で垂直磁化に変わる。
(c) あるナノスケール薄膜の磁化の向き。たとえば4〜6層程度のCo磁石をPd(111)基板上に堆積させたものはCOの吸着で垂直磁化に変わる。


方法はX線磁気円二色性というもので、放射光からの円偏光X線を利用して磁性元素のスピンと軌道磁気モーメントを求めることができます。軌道磁気モーメントとは、電子が原子核の周りを回転することで生じる磁気モーメントのことで、普通の磁石ではスピンが磁化を担っており、軌道は小さい寄与しかせずあまり注目されません。しかし、実は磁石の向きはこれによって決定されているのです。

幸い気体吸着で磁化の方向が変わる他の系はすぐ見つかりました。Pd(111)表面にCo薄膜を作成すると、既に知られていたように3.5層程度以下で垂直磁化を示しましたが、これにCOを吸着させると6.5層以下で垂直磁化になり、垂直磁化領域が広がりました[図(c)]。また、吸着後に、Co薄膜の表面平行方向の軌道磁気モーメントは減少し、表面垂直方向のものは変化しないことがわかりました。2) 

ここでは省略しますが、このことはCOが1個のCo原子の真上に吸着すると考えると説明できるものです。他の系、たとえば、Cu(001)上のNiへのCOやH2でも同様の検証を行い、この実験的帰結に対する確証が得られました。吸着による平行方向の軌道磁気モーメント減少が垂直磁化を安定化したと結論できました。磁石で重要なのはスピンであることに間違いはありません。しかし、大きさではスピンに対して1割以下の役割しかない軌道がその磁石の向きを担っているということは注目すべきことでしょう。

今後の展開
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分子研ではこのような研究をさらに推し進め、実験室では、磁性薄膜の磁化特性を磁気光学Kerr効果などによって評価し、また、磁気特性や分子の吸着状態を微視的に調べるために、UVSORからの軟X線を利用したX線吸収分光X線磁気円二色性などの手法を取り入れることを計画しています。さらに、薄膜にとどまらず、図(d)のようなナノ棒磁石やナノドット磁石の向きを変えたり、あるいは逆に磁石の向きを利用して吸着分子の向きを変えたりできたらいいなあと思っています。よろしくお願いします。

(d) 何とかしてナノスケールの太さの棒磁石の向きを棒に垂直する?

<参考文献>

  1. R. Vollmer et al., Phys. Rev. B60, 6277 (1999).
  2. D. Matsumura, T. Yokoyama et al., Phys. Rev. B66, 024402 (2002).